徒然草

代表理事の小野裕一やスタッフが日々思うことを綴ります。

2月13日の福島沖の地震で思ったこと

2021年2月25日

東日本大震災から10年目を迎える直前に発生したこの地震に私も仙台の自宅で揺らされた。初期微動の時間が長かったように思えたので、はじめ震源が遠いかもしれない、「すわ、関東大震災の発生では?」との思いが頭の中をよぎった。寝ている子供達を両手に抱きかかえながら揺れの収まるのを待ったが、揺れがピークに達した時には築53年の大学宿舎が持つであろうかと恐怖感をおぼえた。揺れ始めてから緊急地震速報のアラーム音が鳴ったので、震源は近いと思い直しながらも、突き上げるような揺れではなかったので、直下型ではないことも頭をよぎった。ようやっと揺れが収まってから、停電にならなかったので、テレビのスイッチを入れ、地震の震源や強さの情報の把握を試みたが、同時に激しい揺れから津波が発生するのではないかと危惧した。果たして数分後に、震源は福島沖ではあったものの55キロと深い場所で発生したので、津波の心配はないとの気象庁の発表があった。
 
ほっと胸をなで下ろしたものの、あれだけ大きな地震であったのに本当に津波は起きないのか?との疑念も残った。宮城県中部の最大震度は6弱との表示、宮城県南部や福島県の浜通りや沿岸部では震度6強の揺れを表示していたからである。結果的には浸水を伴う津波は発生しなかったので、津波注意報や警報を発令しなかった気象庁の判断は的確なものであった。ちなみに気象庁は、若干の海面変動を伴う津波予報というものを地震発生からおよそ7分後に発表したが、この情報はメディアを通して聞くことはなかったと思う。そもそも若干の海面変動という曖昧な表現は何なのか?ほとんどの人は正確に答えられないと思うが、これは小さな津波のことだそうだ。実際、宮城県の石巻港には地震発生から107分後に最大20センチの津波を観測したほか、仙台港や福島県の相馬港でも10センチの津波を観測した。つまり、正確に記述すると、「2月13日の福島沖の地震は、陸上に浸水をもたらさなかったものの沿岸部に小さな津波を発生させた」ということである。
 
さて、東日本大震災の揺れと津波を経験した沿岸部の人たちはどのように行動すべきであったろう。この地震の継続時間は2分間ほどであり、気象庁は3分以内に津波が発生するかどうかを地震の規模や震源の位置から即時に判断する。最初の推定マグニチュードは7.0であったが後にこれが7.3に引き上げられた。東日本大震災の超巨大地震の継続時間は3分もあったために、当初の推定マグニチュードの速報値は地震発生直後の14:49には7.9であったが、16:00に8.4に引き上げられ、17:00にはモーメントマグニチュードで8.8まで上がり、2日後にはモーメントマグニチュードで9.0と発表された。この過程で津波の高さの推定値も引き上げられ、停電等で最新の情報が得られずに混乱が生じたことは周知の通りであった。
2016年11月22日には、同じ福島県沖でマグニチュード7.4の地震があり、最大震度5弱の揺れを引き起こし、気象庁は福島県に3メートルの津波警報を宮城県に高さ1メートル予想の津波注意報を発令したが、約2時間に仙台港で1.4メートルの津波を観測したことを受けて宮城県には直後に津波注意報を警報に引き上げた。
 
結論から言って、私は沿岸部の津波リスクのある地域にお住まいの人たちは、2月13日の地震の際に津波のリスクを考えて避難すべきであったと思う。実際にそうされた人たちがいると後日報道で知ったが、その数はそれほど多くなかったという。もう一度思い出してほしい。「大きな揺れを感じたら沿岸部の人たちはまず津波を恐れて避難である。」地震や津波のメカニズムは完全に解明されているわけではない。しかも正確な地震の情報を得るには時間がかかる。気象庁も自治体も研究者も完全ではないのだ。命を守るためには気象庁や自治体が発表する注意報や警報、避難情報等は非常に重要ではあるが、完全に依存すべきではない。「自分の安全は自分の頭で考えて行動する」とは東日本大震災で学んだ苦い教訓のひとつであったはずである。
 
2月13日の地震は、東日本大震災から10年目を迎えようとしている私たちに、油断するなと警鐘を鳴らしてくれたものととらえたい。津波発生のメカニズムにはまだまだ分かっていないことが多い。自分の頭で考えて、とりあえず避難するということをもう一度考えるべきであろう。地震学者によると、東北沿岸では引き続き東日本大震災の余震が継続して発生し、アウターライズ地震による大きな津波が発生する可能性もあるという。我が家の防災、改めて気を引き締めてまいりたい。
 
小野 裕一